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胡蝶 よもやま対談

2011年3月の日記

第二談【故・中野義徳さん御挨拶文】

2011年3月21日

かねてより病気療養中でいらした、邦楽と舞踊社社長、編集長の中野義徳さん[75]が永眠されました。

常に辛口の批評で、舞踊界の名物御意見番。歯に衣着せぬ批評が舞踊界の向上に多大な影響を与え続けた方です。私も折にふれて沢山の教えを頂戴いたしました。本来、新舞踊など相手にしない、コテコテの古典支持者の業界でありながら、常に私の舞台を見続けて下さった中野さん。特に思い出に残るのが、平成18年ロスアンジェルス、日米会館での[事始め]に私が特別ゲストとしてお招きいただいた時。お正月早々、一人で支度をしていた胡蝶の日米会館の楽屋に突然顔を出して下さった中野社長。新舞踊の私が国際的舞台に選出された事を我が事のように慶んで激励に駆け付けて下さったのです。その記事を邦楽と舞踊にも特集して下さったりして、感激でした。地唄舞の[雪]で賞を頂戴した[日本舞踊大会]に推薦しても下さいました。また昨年の宗山流十五周年記念のプログラムにも身に余る原稿をお寄せ頂きました。胡蝶が新舞踊という狭い世界から、[日本舞踊]というステージに開花させて頂いた、大元の足掛かりをお創り頂いた、人生の恩師でした。語り尽くせぬ思い出と教え、エピソードが思い出されます。

その中野社長のご逝去により廃刊となる[邦楽と舞踊]を思い返すと、胸がつまり落胆の極みです。中野社長の思い出として、昨年の宗山流15周年記念興行のプログラムにお寄せいただいた[御挨拶]文を[胡蝶よもやま対談]のページに記載させて頂きます。

邦楽と舞踊中野義徳社長胡蝶の恩師.jpg

[プロクラム掲載文章より]

宗山流胡蝶さん、創流十五周年おめでとうございます

月刊誌『邦楽と舞踊』中 野 義 徳 

胡蝶さんが創った宗山流が創流十五周年を迎えたという。試行錯誤を重ねた末、結局好きな舞踊の世界に住み処を見つけ、そこで自在な花を咲かせた胡蝶さん。好奇な目で見られながらそれを糧にして、ひたすら自らの道を追い求めてきた胡蝶さんが、古典舞踊と新舞踊の垣根を超えた、新しい舞踊の世界を創りあげてきたそのバイタリティには敬意を表します。
 何といっても、胡蝶さんには誰にも負けない根性があります。そしてその上に観客に対する飽くなきサービス精神の旺盛さです。それが類い稀な美貌と国立劇場歌舞伎研修生時代に培った技術の蓄積の上に成り立っているから正に「鬼に金棒」です。かって、アメリカ・ロスアンジェルスに単身乗り込んで、鬘から化粧、それに着付けまで全て一人でやってのけた上、即興で現地の人のチェロの伴奏で妖艶な傾城の舞う姿の一部始終を垣間観ています。また、『鷺娘』の引抜を後見の手をほとんど借りずに、一人で見事にやり通す姿も観ています。サービス精神は時には、終演時間の予定を遥かにオーバーしたりすることもありますが、その舞台人として徹底した姿には敬服するばかりです。
 常に斬新な企画と新しい舞踊の世界に挑戦する胡蝶さんの、十五周年記念の会の舞台に観客席から是非じっくりと拝見したいものです。今回は特に大喜利に、古典の竹本・長唄『京鹿子娘道成寺』を道行から鐘乗りまでタップリ魅せてくれるというのが楽しみです。
 いつまでも挑戦する胡蝶さんでいてください。十五周年本当におめでとうございます。 

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